声の分析ツールを作るとき、最初に困るのが「何点なら良い声なのか」の基準です。手元に比較対象が無いと、出した数字に意味を与えられない。
なので声優28名分の公開音源を集めて、全員を同じ手順で測りました。この記事は、そこで出た数字をそのまま置いておくためのものです。集めて測り終えるまで1週間かかりました。同じことをやろうとしている人は、ここから始めればその1週間を飛ばせます。
先に結論を書くと、最初に置いていた基準は全部ずれていました。6軸のうち3軸が、全員ぴったりゼロになった。
実測値(28名 / 男声17・女声11)
ラジオとインタビューを中心に、1人あたり数分から十数分の有声区間を取っています。数字は最小値、中央値、最大値の順です。
| 軸 | 男声17名 | 女声11名 |
|---|---|---|
| F0中央値 (Hz) | 96.0 / 139.7 / 180.8 | 166.9 / 216.2 / 224.7 |
| F0変動幅 (Hz) | 78.5 / 149.4 / 181.3 | 128.8 / 166.6 / 231.2 |
| HNR (dB) | 4.3 / 6.2 / 7.9 | 4.3 / 8.3 / 11.9 |
| ジッタ | 0.049 / 0.058 / 0.078 | 0.037 / 0.057 / 0.075 |
| シマー | 0.095 / 0.113 / 0.138 | 0.066 / 0.102 / 0.130 |
| アルファ比 (dB) | -14.4 / -9.9 / -4.5 | -13.9 / -8.0 / -2.8 |
| 2〜4kHz帯域比 | 0.005 / 0.022 / 0.125 | 0.011 / 0.025 / 0.061 |
断っておくと、これは「声優の標準値」ではありません。配信されている音源を測った値です。マイク、収録環境、編集、配信時の圧縮が全部乗っている。スタジオの理想的な録音を測った値とは別物として扱ってください。
3軸が全員ゼロになっていた
最初、私は一般によく言われる目安をそのまま基準に置いていました。HNRなら12から22dBくらい、ジッタなら0.003から0.02くらい、という具合に。
その基準で28名を測ったら、3軸が全員ゼロ点になりました。プロの声優が、です。
上の表と見比べれば理由は一目で分かります。HNRの実測は4.3から11.9dB。下限とされる12dBに届いている人が1人もいない。ジッタは0.037から0.078で、上限とされる0.02の倍以上が全員です。
目安の方が間違っているわけではないと思っています。ただ、あれは理想的な録音環境の数字で、配信音源には合わない。環境ノイズ、圧縮、リバーブ。全部がHNRを下げる方向に効きます。
なので基準を実測した分布に合わせて置き直しました。結果としてこのツールのスコアは「集めた声優28名の分布上でどこか」という意味に変わっています。一般の人の分布ではありません。中央値の人がだいたい50点です。
ジッタは計算のしかたで4倍から6倍変わる
これが一番厄介でした。
ジッタは隣接する周期の長さの差を測ります。素直に計算すると、ピッチ追跡が飛んだ箇所も全部「差」として数えてしまう。オクターブを取り違えた1フレームが入るだけで、値が跳ね上がります。
声の分析でよく使われる Praat というソフトには除外の決まりがあって、隣り合う周期の長さが1.3倍以上違う組は計算から外します。これを入れていなかった私の計算は、同じ音声で0.117を出しました。除外規則を入れたら0.051になった。Praatは0.026。
4倍から6倍です。桁が違うわけではないので、見ただけでは間違いに気づけません。Praat の結果と突き合わせるまで分かりませんでした。
ジッタやシマーの数字を他所と比べるときは、まず「除外規則が入っているか」を確認した方がいいです。入っていない計算同士を比べても意味がありません。
ただしPraatも無条件には信じない
参照にしておいて何ですが、Praatを正解扱いしていたら間違えていた場面もあります。
フォルマントの検証で、周波数が既知の合成母音を作って両方に食わせました。真値が分かっているので、どちらが当たっているか判定できる。結果は Praat の方が F2 と F3 を300Hz以上外して、こちらの計算の方が真値に一致しました。
もし真値を用意せずに「Praatと合わないからこちらが間違い」と判断していたら、正しい計算を壊していたことになります。
お手本にしているソフトも、誰かが作った計算です。真値が作れる場面では、真値を基準にした方がいい。当たり前のことなのに、作業中はつい忘れます。
分かっていないこと
男声の2〜4kHz帯域比が、0.005から0.125まで25倍も開いています。中央値は0.022なので、上位の1人か2人が極端に高い。
この帯域は、声が遠くまで届くかに効く成分です。ばらつくこと自体は不思議ではありません。ただ25倍は広すぎる気がしていて、収録環境の違いを拾っているだけの可能性を捨てきれていません。同じ人を別の音源で測り直して確かめるのが筋ですが、まだやっていない。
もし同じ帯域を測っている人がいたら、どのくらいの幅に収まるか知りたいです。私の数字がおかしいのか、もともとそういう帯域なのか、それだけでも分かると助かります。
数字はここに置いておくので、好きに使ってください。反証が出たらそれも読みたいです。