の作業

「イケボは低い声」は、私のデータでは支持されなかった

声優28名の声を測り、自分で好き嫌いを付けて比べました。一番大きく見えた差は、好みではなく男女比のずれでした。

文豪ストレイドッグスの声優陣がきっかけでした。「この人の声が好きだから観る」という動き方をする人が、思っていたよりずっと多い。じゃあ自分の「好き」にも傾向があるはずで、それが周波数みたいな測れるもので説明できたら面白いなと思った。

立てた仮説はこうです。イケボには、自分にとって耳障りのよい周波数があるのではないか。

結論から書きます。支持されませんでした。この記事はその顛末です。

やったこと

声優28名の公開インタビュー音源を集めて、全員を同じ手順で測りました。声の高さ、息の混ざり方、細かい揺れ、倍音の出方。10項目です。

そのあと自分で28名に1から5の好み度を付けました。誰にも聞いていません。私の耳だけです。ここは主観でいい。主観と測定値のあいだに関係があるかを見たかったので。

品質のゲートを通って残ったのが25名。好き(4〜5)が9名、中立以下(3以下)が16名でした。

最初の想定外はここです。苦手(1〜2)が2名しか付かなかった。当初は「好き」対「苦手」で比べる設計にしていたのに、片方が2人しかいない。マンホイットニーのU検定は、n=2だと最小のp値が0.026あたりにしかならない。つまり何を入れても有意になりません。仕方なく比較群を「中立以下」に広げました。

記入漏れではありません。実際に、嫌いな声というのが私にはほとんど無かった。これ自体が予想外でした。

出た数字

好き9名と中立以下16名で、10軸を比べた結果です。dは効果量で、絶対値が大きいほど差が大きい。

軸好き群比較群dp値
F0中央値 (Hz)155.7177.3-0.5490.322
F1 (Hz)484.8512.2-0.5380.334
F2 (Hz)1620.51669.1-0.4580.364
2〜4kHz帯域比0.0270.037-0.3990.380
アルファ比 (dB)-9.27-8.41-0.2890.380
ジッタ0.0560.059-0.2620.756
HNR (dB)7.197.32-0.0680.977

有意水準に達した軸はゼロです。全部 p が 0.10 を超えている。

それでも一番上のF0を見て、私は一瞬「やっぱり低い声が好きなんだ」と思いました。効果量が-0.549で、中くらいの差はある。数字としては、そう読める。

一番大きく見えた差は、好みの話ではなかった

群の内訳を出して気づきました。

群人数男声女声男声比
好き96367%
中立以下167944%

男声の方がF0は低い。男声比が23ポイント高い群の平均F0が低く出るのは当たり前で、好みとは何の関係もありません。F1からF3も声道の長さで性差が出るので、同じ理由で動きます。

そこで性別を揃えて比べ直しました。男声だけ(好き6名 対 中立以下7名)で見ると、F0中央値は上位に入らなくなりました。全体で最大だった差は、性別構成の差だった。

危なかったな、と今でも思います。内訳を出さずに「好きな声は低い」と書いていたら、間違いをそのまま公開していました。しかも「実測で分かった」という顔をして。

いまは集計の手順そのものに、群の男声比がずれていたら知らせる仕掛けを入れてあります。同じ踏み方を二度しないための処置です。

言えることと、言えないこと

言えるのはこれだけです。この25名とこの測り方では、私の好みを分ける音響特徴は見つかりませんでした。全体で見えた差は交絡で説明がつきます。「イケボには特定の周波数がある」という単純な形の仮説は、支持されなかった。

言えないことの方が多い。

標本が足りません。好き9名と中立16名では、中くらいの効果量を見つける検出力がそもそも無い。だからこれは「差が無い」ではなく「この人数では見つけられなかった」です。ここは混同したくない。

測っているのが素の話し声だけ、というのも大きい。私が好きだと感じているのは演技中の声かもしれません。それは測っていない。

それから、1軸ずつ比べています。好みが「低くて、かつ息が少ない」のような組み合わせで決まるなら、この方法では絶対に見つかりません。

次にやるなら

人数を増やすのが先です。好きと苦手それぞれ15名以上あれば、中くらいの効果量なら見える。性別を揃えて、男声だけで20名、女声だけで20名という集め方の方が交絡が無くて素直です。軸も1つずつではなく、いくつかを組み合わせて見る方法に変える。

まだ分かっていないこと

自分で立てた仮説を自分で否定して、いま引っかかっているのはここです。

私の「好き」は、本当に声の物理特性で決まっているのか。役柄への愛着、作品の記憶、その人への親しみ。好み度を付けるとき「声だけで判断する」と決めて臨んだのに、完全には分離できた気がしません。その人の声が好きなのか、その人が演じた役が好きなのか。5を付けた何人かについては、自分でも切り分けられませんでした。

もし声の好みが物理特性ではなく文脈で決まっているなら、測る対象そのものが間違っている。その可能性は、いまも捨てきれていません。

同じことを自分の耳で試すなら、性別を揃えてから好きな声と苦手な声を並べるところから始めてください。そこを飛ばすと、私と同じ場所で転びます。それを踏まえて、もっと良い設計にしてもらえたら嬉しいです。

この記事の測り方を、自分の声で試せます。

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